2016年1月19日火曜日

太陽系の公転に関する動画の顛末

ちょっと古い話ですが、太陽系の運動に関する動画がいくつかYouTubeに投稿されています。









これの元ネタは英語で DjSadhu なる人物が2013年に投稿した下記の動画です。


しかし、この動画の描写があまりにも間違っているので、元天文学者の Phil Plait という人物が批判記事(英語)を書きました。

驚いたことに、元動画を支持し、批判記事を否定するコメントが多数みられました。

ここでは、元動画がどのように間違っているのか、細かいことは指摘しませんが、一つはっきりさせておくことがあります。
投稿者の DjSadhu なる人物は、政府が UFO を隠しているだとか、有人月面着陸はでっち上げだとかいうことを主張している陰謀論者かつオカルト主義者で、科学考証をまともにするつもりが最初から無いような人です。そんな人の動画なので内容は推して知るべきなのですが、普通だったら、そんなのをいちいち相手にする価値はないと思うところです。

しかし今回の動画は英語版で約380万再生、日本語版で約80万再生もされており、科学的に正しい動画だと思い込んで視聴している人が非常に多いように見受けられます。このままでは科学の未来が心配なので、中学生にもわかるぐらいの勢いでまとめておきます。


1. 「地動説は間違っている!?」

この問題点一つだけでも動画を削除するか、訂正すべきと思えるほどの、きわめて誤解を招く表現があります。

「The old heliocentric model ... of our solar system planet rotating around the Sun ... is not only boring, but also incorrect.」

日本語にすると、以下のような感じです。

「古い地動説のモデル…つまり太陽の周りを惑星が回っているような...は、退屈なだけでなく、間違っている。」

ちなみに日本語版の2つの動画の翻訳も、誰が付けたか知りませんが、非常にクオリティが低いです。

「is not only boring, but also incorrect.」を「間違ってはいないが」とか「正しいのだが、同時に、間違いでもある」とか訳していますが、どんなに意訳してもそんな意味にはなりません。「退屈なだけでなく、間違ってもいる」という意味です。

さて、ここで動画の作者が主張したいのは、天動説、地動説に続く第3のパラダイムを発見したというようなことだと思うのですが、科学的な見方からすると、こんなことを言われても戸惑ってしまうというのが正直なところです。

現代では相対性理論により、全ての慣性系は同じように法則が成り立ち、特定の座標系が宇宙の中心的役割を持つことはないという原理が広く受け入れられています。「慣性系」というのは、等速直線運動する座標系のことだと考えてください。この原理からいうと、太陽を中心に据えた「地動説」的な座標系も、太陽が動いていくような「らせん状の」座標系も、見方しだいでどちらも正しいということになります。したがって「らせん状の」座標系が正しいからと言って、「地動説」的な座標系が間違っていると主張することはできません。

また、相対速度を持つ座標系から見たら、楕円軌道が螺旋の軌跡を描くというのは、当たり前すぎて科学者のうちの誰も言わないでしょう。

ではなぜ「地動説」的な座標系の描写をよく見かけるのか、ということですが、単に便利だからです。楕円軌道は数学的によく解析されているので、軌道計算が楽です。らせん軌道で計算するなんて地獄のようなことをしても、誰も得をしません。

問題の動画は「らせん状の」座標系も正しいという点では間違っていないので、一言で否定しにくいという、やっかいな動画なのですが、前述の表現は完全にアウトといえるでしょう。

以上の話から、70,000km/hで移動しているというためには、何に対して移動しているのかということが重要になります。動画では言及されていませんが、もし銀河系中心に対しての速度だとしたら、太陽系は銀河系中心のまわりを公転しているので、太陽系内の惑星はらせん軌道を描くように見えるでしょう(だとしても数字は間違っていて、780,000km/h(一ケタ違う)ぐらいですが)。にしても、銀河系中心が宇宙の中心なわけではないので、太陽を静止させた座標系よりも優遇する理由はありませんけどね。



2. 銀河面と太陽系の軌道平面のなす角が90度っぽいのはおかしい

前述の、銀河系中心を静止させた座標系から見た話だという前提です。

動画では軌道平面と垂直な方向に太陽系が突進していくような描写ですが、実際には軌道平面と銀河面(銀河系の星の密度が最も大きい平面)のなす角は60度ぐらいなので、斜めにすっ飛んでいくような描写になるはずです。

批判者の一人 (http://www.rhysy.net/solar-system-vortex.html) は比較的正確なアニメーションを作っています。






3. 「Vortex」(渦)ではなく「Helix」(らせん)でしょ?

ちょっと用語的に細かい話ですが、渦とらせんは別物です。

渦は、風呂の栓を抜いたときとか、竜巻にみられるような流体の動きです。

らせんは、コイルばねやDNAのような形状を指す用語です。

これは、投稿者の2つ目の動画では本文中でしれっと直されていますが、タイトルには vortex が残っていますね。




まとめ

他にも重箱の隅をつつけばいろいろ言えますが、とにかく 1. が強烈すぎて他はかすんでしまいます。もっとあからさまにトンデモならばわかりやすいのですが、一見して科学的な動画の体裁を整えているので、このまま信じ込んでしまう視聴者が多そうで非常に心配です。ちなみにこういったものを似非(エセ)科学といいます。

何よりも、動画についている肯定的なコメントやサムアップの多さがすごく不安になります。嘘を嘘と見抜けなければ動画サイトを使うのは難しい()って、誰かさんも言ってたじゃないですか。みんな、わかってやってるんだよね…?そうだと言ってくれ。



追記

ニコニコ動画にも飛び火しています。やめてよ。




おまけ

「地動説のモデル(中略)は、退屈であるだけでなく、間違っている」という主張の、「退屈である」という部分に関しても、私は同意しません。もちろん退屈かどうかは人の感じ方次第なのですが。
前回の記事でも述べたように、時間の関数として楕円軌道の天体の位置を陽に表現することはできないので、正確に位置を予測しようと思ったら、漸化式の収束計算か、オイラー法やルンゲクッタ法による時間発展シミュレーションが必要になります。これだけでも歯ごたえのある問題ですが、多体問題の摂動や潮汐力まで考慮に入れたらさらに計算は複雑になります。これが退屈だというなら、計算機科学によほど強いのか、あるいは単に全く理解していないかのどちらかでしょう。


修正
天動説と地動説が逆だったので修正

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